新世界から見る通天閣|モノクロで切り取る風景
実は僕は通天閣にのぼったことがない。大阪に住んで8年間の中で行くことがなかったからである。日立の文字を南海電鉄からみることはあっても、新世界に行けばみるころができ、近くまで訪れているのに展望デッキに行くことはしなかった。本来大阪観光をしていくなかで行くべきところなのに、あとで行けるという気持ちが残っていて、インバウンドが始まり、外国人観光客が増えて撮影するのが難しくなったのは大きな要因だと思っている。
外国人観光客もそうだけど、撮影者のマナーが悪い、ルールを守らないというのが浮き彫りになり、多くの撮影スポットが撮影できない状況になっていき、僕の写真を撮って趣味としていた人間にとっては迷惑な話なのである。ルールを守りマナーを守り、撮影スポットの近隣住民とも仲良くして信頼関係を築いてきた。しかし、撮影スポットがSNSで流出して、守らない人たちが場所を奪っていく結果となった。
通天閣もまた観光地であり、新世界に住む人たちにとっては日常であり、邪魔してはいけない場所もある。周辺にある食べ物屋さんは良いだろう。じゃあ日常雑貨を売っている個人店からすれば何も外国人観光客が商品を買うのか?と言われたら買うことはない。店前を汚されるかもしれないというデメリットの方が可能性は大きく、良く思わない人だっている。大阪の新世界などは外国人観光客より、日本人観光客を相手にしてきた歴史が濃く残っていて、外国の文化にはこういう文化があるというのは浸透しておらず、逆に外国人観光客のほうが自国の文化を押し付ける結果となっている。
大阪に住み、観光地を巡る。対応できる観光地は儲かるかもしれないが、ディープな大阪が残る新世界がグローバルに追いついているのが疑問である。通天閣という観光名所を中心に広がる大阪は、僕たちにとって非日常かもしれないが、そこに住む人たちにとっては当たり前のこと。その当たり前を邪魔する権利はなく、僕はその日常となっている部分を撮影していきたい。だから僕は大阪に8年間住んで、撮影することにした。大阪に馴染むことで見えてくるもの。
他県にあって大阪にはないもの、大阪にある他県にはない日常を今後も探していきたい。
