僕が写真を始めて12年ぐらいが経過したと思う。新社会人になってから本格的にカメラを触っているはずなので、それぐらいにはなる。あまり年齢には触れず、カメラおじさんマウントを取りたいわけじゃないので、伏せておきたいけど。それでも高校生の時には一眼レフは触っていたけど、緑色のデジタル一眼レフカメラだったことを覚えていて、使い方も分からずボタンを押せば撮れる程度の認識だった。
僕のカメラ人生
コンパクトデジカメカメラってボタンを押さなくてもスライドさせるだけで、レンズが伸びてきて電源が入るという機構があるやつを持っていたので、勘違いしていたんだろうと、この記事を書きながら、記憶が蘇ってくる。そのあとは社会人になって、アルバイトなどもしていたんだけど、趣味でニコニコ生放送で配信しているときに出会った、東京で風俗の写真を加工しているカメラマン、本業はエアコンの取り付けをやっているお兄さんから、一眼レフを進められてCanonEOS80Dを購入したところから僕のカメラ人生が始まる。
カメラを養っていくこともあって仕事をしなきゃらない。もっと稼げる仕事をって考えて、大阪で働き始めて、派遣社員と契約社員を経験して、やることも何も無くなって、生活を大阪で続けていく理由もなくなって、地元に戻ってきて今に至る。
確かにいろいろなことはあったけど、カメラ人生であったし、途中から美術館やギャラリー巡りで写真人生になってしまい、デジタルカメラも使うけど大判カメラで撮影することも増えてしまった。たくさんの写真を撮ったけど、たくさんの人に出会ったことは大きい。人を愛することも知った。人に生かせることも知った。楽しくもありつらいこともある大阪でのカメラ人生だったけど、地元に帰ってきてから、仕事も趣味も活かせているのだから結果はよかったかもしれない。ただ残った100万円ぐらいの借金返済が残っているので、これを早く完済したいところなので、どうにかならんもんなのかと考えているぐらいで、それ以外は収入にも、極端な不満はない。生活も不満はない。趣味ももう少しやりたいけど借金があるから、不満なし。
となんとか、着地できたなといったところだ。
カメラ人生の先にある写真を楽しむ人生
色々なカメラを触ってきたなかで、写真というものを深く入り込んでいきたいと思って、このブログを立ち上げた。正確には改めてって感じ、いちからカメラと写真思想とモノクロ写真で生きてければ面白いよなって思ったからだ。
たくさんのデジタルカメラ、最高ボディ1台100万円程度、レンズは最高1本50万円ぐらい(相場は上がっているものや本数はたくさん触っているので目安)と、フイルムカメラはドイツのライカから国産プラスチックカメラまで触り、大判カメラでシートフイルム、シノゴ、ワイドチェキを撮ることで触った。
つまり今はこのカメラの知識と満足できる撮影環境を生み出したいと考えていて、2026年時点では大判カメラデジタル化計画というのを念頭に置いてスタートさせた。あとはボディを買うぐらいで、現在整備をしてもらっている。予定期間よりも早くできるけど、お財布の都合というものもあって2026年夏頃にはブログにて紹介できるといいなと思っている。
増え続けるボディとレンズ、管理できない不満
写真を楽しむにあたって一番重要な機材を大判カメラのデジタル化にしたのは、カメラのネックとは何か?というものを考えからだ。ボディを買う理由としてはメンテナンス性や操作性、センサーの写りが重要だと考えていて、ライカのデジタルカメラは国際保証が切れた2年後からは修理がかなりハードルが上がってくる、フイルムカメラでも相当ハードルが高いのにデジタルカメラもドイツ本国送りになって数十万円規模の費用がかかる。ファインダーを清掃するだけで2万円程度はかかることを考えると、庶民である僕には厳しいと判断した。ただライカのセンサーとレンズが、抽象的な表現は好きだったけど。
デジタルカメラで目的を合わせることで本数を減らす、機材を減らす
今度は国産カメラの中で色々触った結果、写りや機能性、メンテナンス性で選んだのが、SIGMAfpとGFX50S2となる。SIGMAfpに関していえば、このサイズでフルサイズであること、使えるレンズがSIGMA Lマウント、PanasonicルミックスLマウント、ライカデジタルLマウントなどLマウントレンズ連携が多いことなど、携帯性が高いことで撮影への負担が減ることが考えた。
次に富士フイルムGFX50S2は正しくは中判カメラではないけど、中判サイズと同じ撮影することができるのは強みで、ハッセルブラッドのレンズなどを使用する相性が良かった。120ブローニーフイルムを買わずともデジタル化できるのは大きいと判断した。できる限りフイルムは使いたくないというのはあるけど、オールドレンズは使いたいということで、これでフルサイズで使われるレンズや中判レンズを使用することができるようになったことになる。
大判カメラを始めた
大判カメラというのは布をかぶってピントを合わせる大きいフイルムカメラのことで、大阪にいるときカメラ屋さんから「機材を揃えてるから始めて」と言われてから、ふとしたきっかけでスタートすることになった。すでに機材はそろっているのだから、あとは行くだけまで用意されてしまえば初期費用はほぼかかっていない。そこからカメラ屋さんの売れていないレンズを買ったり、三脚をもらったりして、デジタル化という話になった。大判カメラの問題点は重さの割に撮れる枚数4枚ー10枚程度が体力的に限界になることが多いというもの。実際人それぞれによるけど、大判カメラを続けていくにはデジタル化をして、現像の手間ぐらいは無くさないと、厳しいなと思った。
大判カメラをデジタル化を検討した理由
大判カメラのデジタル化をしようとしたのは、現像に関して、かなり時間がかかるということだった。自家現像をすることによって時間を減らすこともコストを下げることもできるが、デジタルに変更してしまえば、国産デジタルカメラ富士GFX50S2で撮影できて、データ化まで行える。パソコンに取り込んで編集して、ブログやネットで発信することができるというのは最適化された動きだと思った。フイルムの良さは無くなるかもしれないけど、、それよりも発信していくというブロガーとしての矜持を捨てるわけにはいかない。
矜持を捨てず、大判カメラを効率的に情報発信する方法として、デジタル化を選ぶことになった。
写真に対しての品質を維持しつつ、ボディやレンズの本数を最適化した状態が今に至る。
様々なボディやレンズを用意すれば、その分だけの費用がかかる。無駄なコストをかけずに済む。写真と向き合う時間を生み出して、コストが減ったので費用が出来て、借金返済、交通費に充てることができた。生活の質が改善したのでストレスが減る。ストレスが減ると痩せてくるし、食事の量が減ってきて、食費が節約できるという不思議なことがおきた。体重93キロから88キロまで減って、眠りやすくなったことを感じている。運動量は仕事も趣味で運動しているので問題ない。浮いた費用で返済を早めることが可能となった。
写真と向き合うまでに、これだけのことが起きた。実際痩せることもできたし、健康も気に掛ける暇ができた。個人差はあるかもしれないし、これは僕の人生だ。
