僕が写真をやってきて、たくさんの人と会話することになり、写真が好きなるほど写真家を知っていくことにはなった。写真を趣味に持たなければ、ハービー山口さんやブレッソンを知ることはなかった。
カメラ屋さんで多くの人に出会い、写真に関連する多くの知識を得ることになったわけで、写真家の名前だって、多く知ることになる。しかしそれでも覚えているのはちょっとしか覚えていない。興味がなければ写真家なんて覚えてもらえないのである。
知っていますか、以下の写真家たちを。
- アンリ・カルティエ=ブレッソン
- ソール・ライター
- ロバート・キャパ
- アンセル・アダムス
- リチャード・アヴェドン
- アニー・リーボヴィッツ
- 木村伊兵衛
- 土門拳
- 杉本博司
- 森山大道
- 荒木経惟
- 蜷川実花
- スティーブ・マッカリー
- セバスチャン・サルガド
- ヴィヴィアン・マイヤー
知っていくことに意味がある。
今挙げた有名な写真家たちをほとんど知らないし、知っているのは、写真の話をするようになったからだ。趣味だけではなく、情報として知ることがあるのか?というのは知名度アップになる。
テレビに出ていた、ポスターが出ていた、ネット記事に出ていたという情報発信が行われるかどうかは、とても大事であり、有名な写真家でも全ての人が知っているとは限らないのです。全ての人間がカメラを触り、趣味であるかといえば趣味ではありません。だからこそ写真とは可能性があるし、広まるほどに価値が出る媒体なのです。
知らないことは恥ではない。知って広げよう。
知らないのことをバカにする人はたまにいますよね。マウントを取ってくる人もいますよね。知らない事は問題ではありません。知ったら覚えればいい。知識の入り口に立って、知りたいに変われば探究心です。
たしかに知らないで済まされないものもあります。法律とかは代表的な例です。しかし写真家を知らないからと罰則などがあるわけではありません。写真好きを名乗れないわけでも、好きになってはいけないわけではありません。
知ることは素晴らしいことです。写真を学び、写真を知り、理解し、広める。伝えて、写真文化は成長する。マウントを取ってくる人がいるなら、精神的に幼くプライドが高い人なだけで、写真文化からみれば邪魔でしかありません。
出会った場合はなにも言わず離れてしまいましょう。喧嘩せず、関わらない。これが僕たちに写真好きが必要とすることなのです。
